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藤桜の姫

Author:藤桜の姫
『ようこそ!!ご訪問頂きありがとうございます。』

『ブログでは、長年苦しんだアトピーについて書いています。また、アトピーと“食事”、“季節”、“心”との関係や“身体の仕組み”、“アトピーから学んだこと”など、私がアトピーで悩んでいた時に知りたかった色々な情報を載せています。アトピーの方もそうでない方も、ぜひ読んでみて下さいね^^』

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私はNHKで放送されている朝のドラマ「カーネーション」が大好きで
毎日欠かさず見ています。

3月に入り、主役が尾野真千子さんから夏木マリさんに変わりましたが、
全く違和感がありません。さすが、女優さんです^^

その朝のドラマでは毎回、素敵な言葉がたくさん出てくるのですが、
今回の放送で、特に私の心に響いた“言葉”がありました。



朝のドラマを見ていない方のために、設定を簡単に説明すると。。。
主役は「糸子」という名前の女性です。とても元気で、情に厚い人物です。
糸子は19歳の頃から洋裁師として働いてきました。
洋裁師というと難しいですが、洋服をオーダーメイドで作ってくれる人のことです。
70歳を過ぎてから、“オハライトコ”という名のブランドを立ち上げ、
ファッションデザイナーとして活躍しています。

ちなみに、実在した人物である「小篠綾子」さんの生涯をもとに作られたお話です。



現在、放送されているお話は、糸子が80歳を過ぎた頃のことになります。

実は、糸子は通院している病院から、ファッションショーの依頼を受けます。
その病院では、毎年入院患者さんのためにイベントを開いているそうなのです。

そのファッションショーには、重症の患者さんは命の危険があるため、
看護婦さんと病状の軽い患者さんだけしか出演することができませんでした。

しかし、ある一人の末期がん患者の方の強い熱意に押され、
その方もファッションショーに出演することになります。



今回、私の心に響く“言葉”が出てくる場面は、
夏木マリさん演じる糸子(88歳)とその末期がん患者(子持ちの主婦)の方が
病院の一室で会話をしているところです。

その末期がんの方は、病気になってから、
自分の子供たちに哀れな姿しか見せたことがなく、
父親に連れられて病室に入ってくる時の子供たちの怯えた表情がたまらないといいます。

“子供たちを幸せにしてあげたいのに、幸せにしてあげられない、、、”
だから自分が元気な姿を見せて、子供たちを少しでも安心させてあげたいそうです。

そんな彼女に対し、糸子は“笑ってみて欲しい”と言います。
少し、はにかんで笑ってみせた彼女に、「それだけで“奇跡”だ」と糸子は言葉を続けます。

というのも、
「末期ガンになったら、悲しくて笑うこともできないと誰もが思っている中で、
末期がんのあなたが笑ってみせたら、きっと、あなたから勇気や元気をもらえるはずだからと。」

その“奇跡”を見せることができるのは“あなた”しかいないし、
“あなた”には奇跡を見せる役割があるというのです。

確かに、大変な病気を患っている方が、笑ったり、元気に話したりしている姿を見ると
何だかこっちまで嬉しくなり、温かい気持ちになります。

また何より、彼らが発する言葉には重みがあり、妙に説得力がありますよね。

私も大変な病気を患っている方を特集しているテレビ番組を見て、
彼らから勇気や元気をもらった経験があります。



そして糸子が「笑うだけで奇跡だ」と言った言葉の裏には、
何もしてあげることができないと思っている、その末期ガンの患者に対して、
『末期ガンであっても、存在する意味がある』
ということを伝えたかったのではないかと、私は思うのです。

私はこの時、
『どんなに酷くアトピーの症状が出ていようと、あなたにも存在する意味があるんだよ』
と、まるで自分に言われているような気分でした。

というのも、私も末期ガン患者の方と同じように、
「自分のやりいたいことが何もできない」上に、「誰の役にも立つことができない」と
考えていたことがあるからです。

アトピーの症状ががどんどん酷くなり、日常生活を送れないほど大変な状態だった時は、
特にそのように感じていました。

「自分に酷くアトピーの症状が出たことで、毎日のように自分のことで言い合う両親の姿」
「私が元気だった頃を知る人が、アトピーの私を見てみせる歪んだ表情やぎこちない対応」
「周りの友達が進学、就職、結婚と前へ進んでいく中で、前に進むことができない自分」

もう全てが、嫌で、嫌でたまりませんでした。

“自分で何もすることができない、誰の役にも立つことができない”
そんな自分が心底、嫌いでした。

だから、いつも
『こんな私が生きていて何の意味があるだろう、、、
 自分はこの世に存在する意味なんてないんじゃないか。』
と思っていました。

当時の私と末期ガン患者の方がとても似たようなことを考えていたので、
尚更、自分と末期ガン患者の方が重なって見え、糸子が言った言葉が胸に響きました。



でも当時の私は、今お話したように
“誰でも存在する意味がある”といった言葉に心打たれることなんてありませんでした。

そんなことを考える余裕すらありませんでしたし、綺麗事だと考えていました。

そんな私が今になって“ようやく”
その言葉の意味を理解し、受け入れられるようになってきたのは、
アトピーの症状が落ち着き、気持ちに余裕ができたからだと思います。
(もちろん家族の支えがあったからこそ、今があるわけですが)

自分でも、とても良い方向に気持ちが向いてきたと感じています。

しかし、その一方で、“大変な時こそ”
この言葉の意味を理解し、受け入れられていたら、
自分の存在を否定ばかりせずにすんだのではないかとも思うのです。

もちろん、大変な時に“自分には存在する意味がある”という考えに及ぶことが、
どれだけ難しいことか、経験上わかっています。

でも、自分を否定してばかりいると、どんどん自分が嫌いになっていってしまいます。
そんなことばかり考えていると、自分の存在すら嫌になってしまいます。
しかも、そんな思いで一杯の時は、アトピーの症状も悪化する一方ですし、、、

だから、もしもっと早くこの言葉を受け入れることができていれば、
自分のことを否定ばかりせずにすんだのではないかと思っています。

頭の片隅に置いておくだけでも、全く違ったと思います。

もちろん、辛い時に辛いと思うことが間違っていると言っている訳ではありません。
辛い時は思う存分、辛い、苦しいと思っていいと思います。
その思いを止めることの方が、逆に病気になると思いますし、、、

ただ、きっと、自分の心の持ち方次第で、
自分の世界は違ったものになっていただろうと思うわけです。

“自分を否定するばかりでなく、少しでも自分を認めてあげること”ができていたなら、
アトピーの症状は酷くても、気持ちだけでも楽になったのではないかと考えてしまうのです。

、、、結局は、自分で自分の首を絞めていたわけですからね。

それもこれも、今になってようやくわかるようになってきました。
「その時、気づいていれば…」と悔やむことはありますが、
この気づけなかった歩みも、私には必要なことだったと前向きに解釈しています。

だから、きっと無駄になることはないと信じています。



今回の朝のドラマの放送で、主人公の糸子が発した言葉は、
当時の私を振り返る良い機会をくれました。

アトピーの症状が落ち着いてくると、当時のことをすっかり忘れていってしまうので、
当時の自分を振り返ることができ本当によかったと思います。

残り一週間の放送となりますが、
気になる方は、朝のドラマを見てみてくださいね。
きっと元気をもらえますよ^^

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テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

3月20日は祝日でしたが、みなさんはどのようにして過ごされましたか?
私は久しぶりに外食に行ってきました。

実は、去年の12月に外食デビューを果たしてから
今回で3回目になります。

アトピーの症状が再び酷く出始めてから数年間は、
食事制限もしていたので、外食に行くことができませんでした。

、、、というか、行きたくありませんでした。

というのも、特にアトピーの症状が酷く出ている時は
「知らない人でさえも会いたくない」ですし、
「いつもと違うものを食べて、アトピーの症状が悪化してしまうことも怖かった」ので
外食に行くことに凄く戸惑いを感じていました。

家族から外食に行こうと誘われることもありましたが、
それさえも、私にとっては“ストレス”でしかありませんでした。


しかし、去年の12月頃から、
アトピーの症状も少しずつおさまり、体調もよくなってきていたので
去年、思い切って外食デビューをすることにしました。

当然のことですが、アトピーの症状が少しずつ落ち着いてくると、
気持ちも前向きになり、気分も穏やかになりますね^^

自分でも、「これはとても良い傾向だ」と思うのですが、
私はまだアトピーを改善している途中なので、
やはり“食事の内容”がとても気になってしまいます。

だから外食に行くとなると、インターネットでお店のリサーチを必ずしています。

どんなふうに探しているかというと。。。
まず、『精進料理』や『マクロビレストラン』で検索をかけます。

そして“自分の住んでいる地域”も入力します。

すると、何軒かお店がヒットするので、
そのお店のホームページやお店に行ったことがある方のブログを見て、
自分が食べることができる食事内容か確認します。

と、とても簡単な方法です。

ただ、なぜ『精進料理』や『マクロビレストラン』を検索するかというと、、、
“無農薬または減農薬の食材”や“添加物の入っていない調味料”、
“動物性食品(肉や魚)”や“牛乳や卵といった乳製品”を使わないで調理されているので、
外食とはいっても、とても安心して食事をすることができるからです。

私は有難いことに、食べものアレルギーを持っているわけではないですが、
“農薬や動物性食品、乳製品”といったものは、
内臓がとても弱っているアトピーの方にとって、
消化、分解することが難しく、体に“負担”をかけてしまいます。

味は美味しいかもしれませんが、それらをきちんと処理することが難しいわけです。

だから、私にとってお店探しは欠かせません。


でも、お店探しは結構大変です!!
精進料理屋やマクロビのレストランは少ないみたいなので、
数軒しか検索に引っかかりません。
やっとお店を見つけたとしても、お昼にしか営業していなかったりします。

その中でやっと見つけたお店を予約するのですが、
やはり食事の内容が気になるので、電話で確認をしてしまいます。

「動物性食品は使っていませんか?」
「卵や牛乳、乳製品は使っていませんか?」
「調味料はどんなものを使っていますか?」
「砂糖は使っていますか?」

と質問するわけです。

でも、これを聞くのが、一番辛いです。。。

聞くたびに、「お店の人に失礼じゃないかな?!」とか「しつこい客だな」とか
思われていないか気になってしまいます。

それなら聞かなければいいのかもしれませんが、
せっかく行って自分が食べれないものがあったり、
心配しながら食事をするよりも、安心して食事をしたいわけです。

そんな複雑な思いがあるので、電話をする時は躊躇してしまいますが、
きちんと確認できた後は安心することができ、外食を楽しむことができます。

外食くらい楽しんでいいのかもしれませんが、
まだ今の私にとっては、確認しない方が逆にストレスになってしまうので
今はこれでいいかなと思っています。

もう少し元気になれば、外食も楽しみたいと思っています。


それにしても、外食にしてもその他のことに関してもそうですが、
アトピーの方にとっては、“自分に合うものを選び出す”ことはとても難しいですね。

今の世の中、たくさんの物で溢れていて、無い物を探す方が難しいと思うのですが、、、
私も含め、アトピーの方にとっては生きにくい世界ですよね。

アトピーは現代病だと言われているので、住みにくくしたのも人間のせいなんでしょう。
自然をかえりみないつけが、アトピーなのかもしれませんね。

人間もある意味、自然の一部だと思うので、
自然に沿った生き方をすることが大事なのかもしれません。

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テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

私の体は、他にも様々な“異変”を起こしていきます。。。

前回の記事で書いた、左手の薬指から緑色の液体が出たのは、
中学1年生の2学期頃です。

その症状は、絆創膏を貼ったり、軟膏を塗ったりすることで落ち着いてきたのですが、
その後すぐに、今度は左側のこめかみにぷくっと大きな“ニキビ”が1つでき始めます。

サイズでいうと、小豆くらいの大きさです。
それが1つこめかみにできたのです。

ただ、こめかみに1つニキビがあるだけで、顔には他に何もできませんでした。
その1つのニキビを除いて、“できもの”なんて何一つ顔にはなかったです。

しかも、そのニキビができた場所がちょうどこめかみだったので、
前髪で隠すことができ、さほど気にしていませんでした。

むしろ、他の子が顔中にたくさんニキビができているのを尻目に、
「私はニキビがたくさんできなくてよかった」と思っていたくらいです。

しかし、顔中にニキビが出ている子は時間が経てば、少しずつ良くなっていきましたが、
私は1つしかできていないのに、ニキビが一向によくなりませんでした。

膿んでは乾いて、膿んでは乾いてを繰り返すだけで、いくら経ってもよくなりません。

なかなか治らないので、少しは気になっていたのですが、
他の子と比べて私は“1つしか”ニキビができていないということだけに安心していたのか、
薬指の時とは違い、大して何も対処はしませんでした。

それが功を奏したか分かりませんが、脱ステ中の現在、
左側のこめかみに小豆サイズのニキビはありません。

影も形もありません。
左手の薬指とは違い今はきれいに治っています。

ただ、“アトピーが噴出した頃は、そこから何か悪い菌が入って
アトピーが噴出したのではないかと疑うことはありましたが、、、”

当時の私は“1つしか”ニキビができていないことに囚われ、
ニキビが治らないことよりも、その“1つ”という数だけを問題にしていました。

正直な話、「見た目がよければ問題ない」と当時の私は思ってました。

だからニキビがなかなか治らないことよりも、ニキビの数の方が気になっていました。

今になってみると
ニキビの数といった“外見”を問題にするのではなく、
ニキビを治すことができない“自分の体”に目を向けるべきだったとつくづく思います。

結局、当時の私は何も気づくことができず、
ここでまた1つ、体が発する“サイン”を見逃してしまいます。


また、「なかなか治らない」といえば、足や手にできた傷が治りにくくなっていました。

例えば、転んで膝を擦りむいたとします。
当然そこから出血しますが、一時すると出血もおさまり、かさぶたができ始め、
そのかさぶたがとれると、また元通りの皮膚になりますよね。

これが傷を治す時にたどる過程だと思います。
人間なら誰でも持っている自然治癒力で傷を治しているのですが、、、

私の場合は、そのかさぶができるまでに、かなりの時間がかかっていました。
しかも、かさぶたがようやくできたと思っていたら、そこから膿が出てき始めます。

そして、ようやく膿も止まり、かさぶたがとれると、
元通りに戻っているはずの皮膚の色が少し黒ずんでいるわけです。

そのため、結局「傷がちゃんとよくなったのか、よくなっていないのか」は
自分自身でもあやふやな感じでした。

ただ、ニキビと同じように、膝が少し黒ずんでいるだけで、
特に人の目に触れるわけでも、体に特別な変化が起きたというわけでもなかったので
当時の私は特に気にしませんでした。

しかし、その黒ずんでいた所は、今では黒ずみも消え、きれいな肌になっています。

ということは、今になってようやく
私の体に、中学生の頃にできた傷を“治す力”がついてきたのだと思います。

その当時は今のように酷くアトピーの症状は出ていませんでしたが、
ニキビも膝の傷も治らなかったことから考えると、相当免疫力が低かったのでしょう。。。

今の方がアトピーの症状としては酷く出ているものの、
もしかしたら、いや確実に、
中学生の頃の方が今よりも免疫力が低かったのではないかと思います。

当時の私が自覚していないだけで、確実に私の体はおかしくなってきていたようです。

そんなこととも露知らず、「自分は健康だ」と思い、日々の暮らしを送っていました。

アトピーが噴出した時は、
何もないところから“突然”アトピーが発症したと思っていましたが、
こうやって知らず知らずのうちに、アトピーになる原因が私の中にあったのだと思います。

やはり、
私がアトピーを突然発症したのも、発症するべくして発症したのかもしれません。

そしてさらに、私の体には、ちょっと変わった異変が起こり始めます。

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皆さんもご存知の通り、3月11日は東日本大震災が起こった日です。
連日テレビやラジオで震災に関する番組が放送され、
私の近所でも避難訓練が行われました。

去年の3月11日の震災が起こった日、私はいつものように体調が悪く寝込んでいました。
その頃は、まだアトピーの症状も酷く、全身から膿(リンパ液)がだらだら出ていました。
体調も今よりもかなり悪く、朝起きるのもやっとの状態だったので、
お昼からはいつもベットで横になっていました。

そのため、その日、震災が起きたことを知ったのは、
ようやく気分が落ち着いて起き上がることができるようになった夕方過ぎのことでした。

テレビをつけると、津波が建物をのみこんでいく映像が放送されていて
「一体何が起こったのか?」、「日本で起こったことのか?」よくわからず、
ようやく日本で震災が起きたと理解した時は何ともいえない気持ちになりました。

毎日、テレビやラジオで被災した状況が放送され、
震災の被害の大きさにただただ驚くばかりでした。

震災が起きた翌日からは、
近所の学校や公民館に避難されてきた方たちの映像も放送されていましたが、
テレビのインタビューに応えてくれた方ちのほとんどは、
家族や友人を亡くされた方や家をなくされた方など
今まで築いてきたもの全てを失った方たちがほとんどでした。

そのため、避難所には人が溢れかえり、
人一人きちんと横になって寝るスペースもないくらいぎゅうぎゅう詰めの状態で
避難生活を余儀なくされていました。

テレビに映る表情から全てを察することはできませんでしたが、
心身ともに疲れきっている様子がひしひしと伝わってきました。



私はその映像を見るたびに
「もし、自分が被災していたら…どうなっていただろう、、、」
ということを考えずにはいられませんでした。

先程話したように、当時の私はほぼ寝たきりの状態だったので、
たとえ運よく命が助かったとしても、避難所で生活が送れるかどうか
不安でたまらなくなりました。

もちろん、命があるだけ、生きているだけでも感謝しないといけないと思いますし、
予期しない大災害に見舞われ、厳しい状況に置かれていることはみんな同じです。

いくら自分が大変な状態だからといって、
不満ばかり言ってはいられない状況だということは十分わかっているつもりです。

ただ健康な人でも厳しい状況なのに
普段の生活を送ることもやっとの私が被災してしまったら、、、
今よりももっと苦しい状況が待ち受けていることは間違いないと思うのです。

命をなくされた方もいるのに、
自分のことばかり考えるなんて不謹慎なことかもしれませんが
考えずにはいられませんでした。

そして正直な話、
今までは予期しないことが起きた時のことなんて考えたことはありませんでした。

しかし、自分が住んでいる日本で大災害が起きたことで
酷いアトピーを持つ私には、確実に逃れることのできない現実があることに気づかされました。

、、、「ハンディ」という言葉は使いたくありませんが、
自分が酷いアトピーを持っていることが、
こういう時に「ハンディ」として働いてしまうという現実。

その現実が確実にあること。

そのことを実感せずにはいられませんでした。

もちろん毎日ほぼ寝たきりの状態だったので、
普通の人が送る社会生活を数年送れてはいませんでしたが、
その何もできなかった数年間を治ってから取り戻そうと考えていました。

でも、一瞬で生と死を決めるような状況に陥った時、
酷いアトピーを持っていることは、やはり「ハンディ」でしかないかもしれないと感じました。

アトピーの人だけが特別なわけではないですが、
アトピーの人が抱えなくてはならない現実は想像以上に大変なのかもしれません。

そのことが、まず頭の中をよぎりました。
何よりも自分の身がどうなってしまうのかということが心配でたまりませんでした。



やはり、どうしても私自身がアトピーで大変な思いをしているので、
どちらかというと何事もアトピーを持つ者の立場から考えてしまいます。

だから周りで支えてくれている家族の立場から考えたことがありませんでした。

しかし、逃れられない現実が確実にあるのは私だけではないんですね。
家族も同じなんですね。。。

そのことに初めて気づいたのは、“自宅避難者”に関するニュースでした。
そこで病気を持つ方がいる家族は、避難できる状態ではないので、
自宅で避難されている方が多いと放送されていました。

そうですよね。。。
病気の人を置いて逃げたり、避難したりすることができるわけがありません。

、、、ということは、悲しいことですが、
アトピーという「ハンディ」は私自身だけでなく、
私の家族にも「ハンディ」として働いてしまうわけです。

そのことに気付いた時、私はとても情けなく思いました。

日常生活でも迷惑をかけっぱなしなのに、
いざとういう時は尚更、足を引っ張ってしまう。

私自身が家族の足枷となってしまうことが申し訳ない気持ちで一杯になりました。

もちろん、私の家族も、自宅避難者の方たちも
アトピーや病気を持っている方のことを足枷だなんて思っていないと思います。

ただ、逃れられない現実は、
“アトピーを患っている本人だけでなく、その家族にも待ち受けている”
それが現実なんだと思い知らされました。



震災から1年が経ちますが、まだそういった不安が消えたわけではありません。

もしかしたら、大きな病気や障害を抱えている方たちの中にも
同じように不安に感じている方がいるのではないかと思います。

でも、いくら心配したところで
私がアトピーであるという現実が変わるわけではないんですよね。。。
もちろん、病気や障害がなくなるわけではありません。

不安に感じることはたくさんありますが、
逃れられない現実から抜け出す唯一の方法は
私であればアトピーを少しでも改善することなのだと思います。

「自分の今の状況をきちんと受け止めて、前へ進むこと!」
これが今の私には一番大事なことだと感じています。

日本で震災が起きたことで、いろいろなことを考えさせられましたが、
改めて今ある一瞬一瞬を大切に、少しでも前に進んで行こうと
気持ちを入れなおすことができました。

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3月に入り気温も2月と比べると暖かくなってきましたが、
私の住んでいる所は、残念ながらあまり晴れた日がありません。

どちらかというと、曇りの日が多く、どんよりした天気ばかりが続いているので、
「もうすぐ春だな」といった実感がなかなか湧いてきません。

ただ、『春』といえば、冬に体の中に溜め込んだものを排泄する時期ですよね。
私もそうですが、アトピーの方にはとても辛い時期でもあります。

でも逆に考えれば、
体の悪いものを出すのですから、体の中を一気にデトックスできる良い機会です。

アトピーの症状が酷く出ると、なかなかそういうふうには考えることは難しいですが、
自分の体は「悪いものを出そう」と頑張って働いてくれいるので、
自分の体をもっと褒めてあげてもいいのかなとも思います。

嫌な思いを毎日抱えたままで春を過ごすよりは、
1年に1度咲く桜を満喫でもしながら、心穏やかに春を過ごしたほうがきっといいはずです。

とは言ってみましたが、、、なかなかそうはいきませんよね。
やはり、アトピーの症状が酷くでてしまうと落ち込みますし、
なかなか心穏やかに過ごすことはできません。

「せっかく治っていたのに。。。」
「また悪化してしまった。。。」
「いつになったらよくなるんだろう。。。」
そんな思いばかりが頭の中を巡ります。

まるで春一番のように、心は荒れに荒れ狂います。

私の心も春は毎年、荒れ狂っていました。
でも、私は今年の春、そこから脱却しようと考えています。
なるべくアトピーの症状で落ち込むことがないようにしたいと思っています。

なかなか難しいことかもしれませんが、チャレンジしてみます!!

他の人から見れば大したことではないかもしれませんが、
どんなに大したことがなくても、
そしてどんなに小さなことでも、
積み重ねれば大きくなるでしょうし、
皮膚に出ているアトピーの症状がすぐによくなるわけではないので、
心だけでも「前に進んでいる!」という実感が湧くだけでも
違ってくるんじゃないかと思っています。

何かやらないと何も変わりませんもんね。
少しでも先に進むためにチャレンジしてみます。


話が脱線してしまいましたが、
1週間前の記事で、「体がだるく、きつい」と書いたこと覚えてますか?

いつものことなので、あまり気にせず過ごしていたのですが、
記事を書いて3日後の夜寝る前に、
急に気分が悪くなり、吐き気もしてきたので、
もうそのまま寝てしまおうとしたのですが、
あまりの気分の悪さになかなかその日は寝ることができませんでした。

そのきつさの度合いというのが、“それがそれが”かなり酷いものでした。
寝返りを打つとさらに気分が悪くなり、久々にきつさの度合いも強いものでした。

最近はきつくなることも少なくなってきていたので、
「どうしてこんなにきついんだろう?!」と考えていたところ、、、

それから数日後に生理がやってきました。
急にきつい症状が出てきたのも、ちょうど生理が始まる7日前だったので
最近きつかったのは、生理のせいだったことがわかって一安心しました。

今までは、体調が悪化したり、皮膚の症状が悪化すると、
そればかりに目がいってしまい
「どうして?」「なんで?」と落ち込むことの方が多かったのですが
最近は悪い症状が出たからといって、
「また悪くなった」とすぐに判断することが少なくなってきたように思います。

少し時間を置いて、症状の経過を見ながら
「自分の体が今どういった状態なのか」を判断できるようになってきているようです。

『体の声に耳を傾ける』ことができるようになるまでに長い時間がかかりましたが、
アトピーになって一番の収穫物といえば、「体の声を聞く」ようになったことかもしれません。

アトピーも悪いことばかりじゃないですね^^

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自分では自覚していませんでしたが、前回の記事でも書いたように、
中学生に入ってから、少しずつ私の知らない所でアトピーの症状が進行していたようです。
そして、私が考えている以上に、自分の体は相当疲れきっていたようです。

と、今になって
ようやく当時の私がどういった状態にあったのか自分でも分かるようになってきました。

当時は体が疲れていても「そんなもんだろう」と軽く考えていました。
それに特に困った事態に陥ったわけでもなかったので、深く考えていませんでした。
その時は、深く考えなくても何も問題がなかったのです。

だからでしょう。
何も考えずに、腕や脚に塗る軟膏を平気で顔に塗ることもできたのだと思います。
軟膏を塗っていた方は分かると思いますが、軟膏を塗るとすぐに肌がきれいなるんです。
何も知らない当時はそれが嬉しくてたまりませんでした。

例えば、カサカサした肌に塗ると、艶もでてくるので、
まるでCMに出てくる女優さんの肌みたいになっていました。
唇に塗ると、グロスを塗ったように見え、ぷるっとした唇になっていました。
それが本当に嬉しかったんです。

中学生の女の子というと、ほとんどの子が「おしゃれ」に目覚める時期だと思います。
私もその例に漏れず、中学生の頃に「おしゃれ」に目覚めたので、
他人の目がとても気になっていました。
好きな男の子もいましたし…(笑)

だから、すぐに肌がきれいなれる軟膏を軽い気持ちで使っていたのだと思います。

当時の私が、
あまりにも『自分の体』や『薬』に対して自覚がなさすぎたのは一目瞭然ですが、、、
そういった点に目がいかなかったのは、
私の頭の中で、ある前提が設定されていたからでしょう。

疑いようのないとういか、疑うべきでない常識と言った方がいいかしれませんが、
それが私の考えの軸だったので、その軸がおかしいとまで考えが及びませんでした。

その軸とは、
「薬が病気を治してくれる」「薬を塗っていれば問題ない」といった薬への強い信頼です。
だから、病院にも多大な信頼を寄せていました。

そして、もう一つは
「自分の体は大丈夫!」と自分の体を過信しすぎていたことにあります。

今まで話してきてわかるように、
他の子と比べると、私は決して体の強い方ではありませんでしたが、
「自分が体が弱い」とは全く考えていませんでした。
むしろ「何をしても大丈夫」と思っていました。

どうしてクラスの中で一番に風邪を引く人間が
「何をしても大丈夫」といった考えを持てるのか、自分でも不思議でたまりませんが、
その当時はそう思っていたのです。

要するに、自分のことが全くわかっていませんでした。


しかし、こんな私でもさすがに目に見える『異変』には気づきました。

左手の薬指から、“緑色の液体”が突然出てきたのです。
最初は左手の薬指が少し“ねちょねちょするかな?!”
といったあやふやな感覚だったので、気にもとめていなかったのですが、、、

数日後、薬指から緑色のねちょっとした液体が出てくるようになりました。
これに最初気づいた時、あまりの驚きと怖さで母親に相談することもできませんでした。

「もしかしたら、変な病気にかかっているかもしれない。。。」とか
「結婚指輪がはめられない。。。」とか
そんな思いばかりが頭の中を巡っていました。

それなら尚更相談するべきだったのですが、自分の口からなかなか言えずにいました。

それから数日経っても緑色の液体は出続けていました。
そこで私は薬指に絆創膏を貼ってみたり、
いつもの軟膏を塗ってみたり、
それでも症状が落ち着かない時は、家にある、あらゆる塗り薬を試したりしていました。
すると、少しずつ症状も落ち着いてきたのです。

症状が落ち着いてくると、自分の気持ちも徐々に落ち着き、
薬指に出ている症状も気にならなくなりました。
そして、自分でも気づかないうちに、自然と薬指はよくなっていました。

最初は「変な病気じゃないか」とパニックになるほど心配したのに
症状が出なくなると、何事もなかったかなように薬指のことは忘れてしまっていました。

当時は症状がでなくなれば、それでよくなったと思っていたのです。

当時の私は出ている症状だけに目がいきすぎ、
「なんで薬指から緑色の液体が突然でてきてのか?」、「原因は何なのか?」
その点を考えることすらしませんでした。
そうして、体が発している“サイン”を見逃してしまったのです。

それから15年以上、時は流れましたが、私の左手の薬指はまだ治っていません。
他の指はきれいに治っていますが、薬指だけ症状がくすぶっています。

薬指から緑色の液体はもう出てきませんが、膿(リンパ液)が少し出ています。
ほんの数ヶ月前までは、皮膚が破けてそこから赤い“み”が見えていました。
今は少しリンパ液が出るものの、それが乾くと分厚い皮ができるようになりました。

当時は症状が一旦落ち着いただけで、
結局は治っていなかったということでしょう。。。


当時のことを振り返ると、
自分があまりにも無知で、あまりにも安易な行動をとっていたことが怖くなります。
知らなかった故にとれた行動とはいえ、本当に恐ろしいです。

そして、私の体は他にも様々な“異変”を起こすようになっていきます。

続きは次の記事で書いていきますが、薬指の時と同じように
私はせっかく体が出してくれた“サイン”を見過ごしていくことになります。

結局アトピーが噴出し、手に負えない状態になるまで
私は体の“サイン”に気づくことはできませんでした。

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中学生に入ると、『あれ??』と思うような異変が体に起こり始めます。

この頃のアトピーの症状ですが、小学校の高学年頃とあまり変化はありませんでした。
ただ、顔の皮膚に違和感を感じるようになりました。

例えば、車でドライブしている時に窓を開けると、風が少し入ってきて気持ちいいですよね?!
強い風じゃないですよ(笑)心地よいそよ風のような感じです。
今までは、その風が顔にあたっても何とも感じませんでした。
むしろ気持ちがいいと感じていたんです。

その心地よいと感じていた風が、中学生頃になると、
心地よいどころか『痛み』を感じるようになりました。
風が顔にあたると、痛くて、肌がつっぱってしまうのです。
肌がつっぱると、顔が動かしにくくなり、特に口が開けににくくなったりしていました。

この時は、“年をとると顔がつっぱってくる”といったようなことをテレビで言っていたので、
私もそうなのかな?!ぐらいにしか考えていませんでした。

でも今思えば、顔の皮膚にもアトピーの症状が少しずつでてきていたのかもしれません。

そんな状態だったので、顔を洗った後なんかは、顔がつっぱっていました。
だから腕と脚の関節に塗っている軟膏をお風呂上りは顔にも少し塗っていました。


あと「疲れ」もすごく感じるようになりました。
中学生になって塾に行きだしたことも影響しているかもしれませんが、
毎日疲れていました。

この時はいつも「疲れた~」と言っていました。
家に帰ってきての第一声が「ただいま!」ではなく「今日も疲れた~」でした。
まるで、会社帰りの中年のおじさんみたいですね(笑)

でもこの頃は本当に毎日疲れていました。

朝、学校に行ったら授業を受けて、
放課後になったら部活をして、
部活から帰ってきたら塾に行って、
夜の10時半頃、塾から帰ってきたら、ようやく晩御飯にありつけます。
それからお風呂に入って、学校の宿題をして、就寝。。。。

私が特別な生活を送っていたわけではないですが、
毎日ハードな生活を送っていたように思います。

そして休みの日には、よく昼まで寝ていました。
休みの日に寝ておかないと、疲労困憊で死んでしまいそうでした。
小学生の頃は、休みの日でも早く起きて、朝のアニメなんか見れていたのですが、
この頃はとてもじゃないですが、そんな力はありませんでした。

この時に、部活でも塾でも何か一つでも辞めていれば、
そんなに疲れを感じずにすんだのかもしれませんが、
周りの友達も同じような生活を送っていたので、
この生活が当然のことで、何かを辞めるという考えに及ばなかったのも事実です。


あと、相変わらず「虚弱体質」であることは変わりありませんでした。
クラスで一番に風邪を引くのも変わりませんでした。

少し変化があったことといえば、小学生の頃と比べると「食が太く」なりました。
中学生になると給食ではなく、家から弁当を持っていかなくてはならなかったのですが、
それが良い影響を与えたのかもしれません。

私だけが感じていたことかもしれませんが、
正直なところ小学校の給食は味が美味しくないというよりは、
素材そのものに問題があるのではないかなと思っていました。

特に給食で出されたサラダ何かを食べると、除草剤?!のような味がしていました。
。。。腐っているような、感じです。
これはあくまでも私が感じていたことです。

だからといって私自身の食が細かったことと直接関係しているわけではないですが、
家で出されたサラダはそんな味はしないのにと思っていました。

学校給食と家で出された食事のメニューが特に違うわけでもなかったのですが、
学校給食よりも家の食事の方が、違和感なく食べれていました。
(注)学校給食の話は私が感じていたことです。誤解しないようにして下さい。

と、話がそれてしまいましたが、
弁当給食になってから「食が太く」なり始めたのは事実です。
以前よりもよく食べることができるようになってきました。


「虚弱体質」であることも変わりなかったのですが、同じく「排泄能力」も低いままでした。
週に1,2回、便が出る程度でした。

今考えると、便が出ないことがおかしなことだと分かるのですが、
小学生の頃もそうですが、この頃特におかしいと感じませんでした。

というのも、毎日便を出すものだということを知らなかったからです。
「嘘でしょ?!」と思う方もいるかもしれませんが、
当時は別に便が出ないことが当たり前だったので、特に変だと感じませんでした。

親に毎日便が出てるか出ないかのチェックをされるわけでもないですし…

むしろ「便は汚いから出なくてもいいや」という気持ちの方が強かったように思います。

今の私なら、中学生の私に教えてあげることができるのですが、
その時の私は、自分の体に関して全く無知でした。
無知すぎたと思います。


中学校に起きた体の異変については、
長くなってしまったので、次回の記事で書きたいと思います。
それにしても、知らないって本当に恐ろしいです。。。


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テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

最初の記事で書いたと思うのですが、私は今も脱ステを継続中です。
昔の記事に関する途中ですが、今現在の私の状況も織り交ぜながら話を進めていこうと思います。

最近の肌の状態はというと、まだまだ元気な人のような肌とまではいきませんが、
顔の赤みが少しずつ引き、黒くなっていた皮膚から皮がとれている状態です。

アトピーの症状が出ている箇所は、
『顔・首・デコルテ・お腹・脇の後ろ・腕と脚の関節・足首』です。

アトピーの症状が出ている箇所だけ書くと、全身に及んでいるので
「本当に治ってきたの?」と思う方もいるでしょうが、
以前と比べると、アトピーの症状は軽いものになってきました。

今は、“臭くて、ねちょっとした液(リンパ液)”も出ませんし、
皮膚からとれる皮も薄いものになってきました。

以前は皮膚からとれた皮は分厚く、とれた皮の量もすごく多かった時期がありました。
その頃は常に皮がとれている状態でした。

歩いたり動いたりするだけで、皮がその場に落ち、
自分が歩いたり動いたりした場所がすぐにわかるほどでした。

だからいつも掃除機が手放せませんでした。
しかも自分の落屑の吸い過ぎで、掃除機を数台壊したことがあります。
今は取れる量も少なくなり、とれた皮も薄くなってきています。
本当に以前と比べると楽になりました。

でもここ最近、体がだるくて仕方がありません。
以前と比べると、そのだるさも軽くはなってきましたが、、、
それでも、このだるさに、なかなか慣れることは難しいです。

アトピーは肌だけの症状だと思われてる方もいるかもしれませんが、
脱ステを行っている最中(アトピーの症状が出ている方)は、
常に体がだるい状態で、吐き気や頭痛、腹痛といったことも起こります。
他には、生理不順や腕が痺れるといったことまで起こるんですよ。

これは全て体が自分の体を治そうとして起こる症状ですが、
これが辛くて辛くてたまらないのです。

でもそれを乗り越えると、元気な自分に出会えるのですが。

そこまで行き着くのが、大変なのです。
本当に大変です。

今日のだるさも「体が自分の体を元気にしようと頑張ってくれている」ということは
頭では分かってはいても、実際だるくだるくてて仕方がないので、
文句を言ったり、弱音を吐いたりしてしまいます。

でも、『元気な自分に出会いたいので、頑張るぞー!!』
あー、でも早くアトピーを治したいです。

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