プロフィール

藤桜の姫

Author:藤桜の姫
『ようこそ!!ご訪問頂きありがとうございます。』

『ブログでは、長年苦しんだアトピーについて書いています。また、アトピーと“食事”、“季節”、“心”との関係や“身体の仕組み”、“アトピーから学んだこと”など、私がアトピーで悩んでいた時に知りたかった色々な情報を載せています。アトピーの方もそうでない方も、ぜひ読んでみて下さいね^^』

【☆始めての方は、左下のカテゴリ欄の目次をクリックして下さい。今までの記事のリスト載せていますので、そこから読んでみて下さいね!!】


最新記事


カテゴリ


月別アーカイブ


最新コメント


最新トラックバック


FC2カウンター


前回の記事で幼少の頃は、とても“体の弱い子”だったと話しました。

そんな体の弱い子が小学生にあがると、どうなっていたかというと、、、
見た目には、とても“元気で、活発な子”に変貌を遂げていました。

家から小学校まで2km歩いて毎日通っていたので、
自然に体力がついていったのだと思います。

「歩く」ことは健康に良いとよく言われていますが、
私自身の経験からしても本当にそうだと思います。

日本で初めて日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬も、
当時の平均年齢が50歳であるにも関わらず、73歳まで生きたそうです。

こんなに長く生きられたのは、
全国を“歩いて回った”ことが関係してるのではないでしょうか。
(これは私の憶測ですが。。)

話がそれましたが、
小学生時代の私はたくさん“歩いていた”ことが功を奏してか、
『表向き』には元気で活発な子でした。

しかし、たくさん歩いても体の中まで改善しなかったのか
『虚弱体質である』ことには変わりありませんでした。

相変わらず、「食は細い」ままでしたし、
クラスで一番に、「風邪も引いて」いました。

そして、理由はわかりませんが、よく「お腹が痛く」なっていました。
病院に行くと「過敏性症候群」と診断されたことがあります。

と、幼少の頃に比べると、少しは強くなったものの、
体の中身つまり“体質”自体は全く変わっていませんでした。

だから、幼少の頃と同じように、
病気にかかれば病院に通い、処方された薬を飲むことを繰り返していました。


そして、小学生の頃になると、アトピーの症状が顕著に現れてくるようになりました。

体育会の時期は砂埃などの影響で目が赤くなり、「アトピー性結膜炎」になっていました。
もちろん、目が赤くなると眼科に通い、その症状を抑えるために薬をもらっていました。

眼科といえば、視力が少し落ちた時、お医者さんから薦められて
「視力がよくなる薬」というものを1度試したことがあります。

その「視力がよくなる薬」は病院の指導の下でしか使用できないらしく、
病院でその薬を時間を空けて、看護婦さんにさしてもらいました。

目に何度も何度もさすのですが、これが痛くて痛くてたまりませんでした。
その薬をさした後は、目も開けられないほど痛く、本当に視力が戻るのかとても心配になりました。
その後、視力は戻ったのですが、あの激痛だけは今でも忘れません。

でも、この「視力がよくなる薬」とは一体何だったのでしょうか??

今だったら「視力がよくなる薬」とだけ聞いて、それを目にさすことなんて怖くてできません。

ただ、その当時は『目が悪くなるくらいなら、さした方が良いだろう』という気持ちが強く、
また、お医者さんの言うことだから問題ないと思い、目にさすことを了解しました。

しかし、いくらお医者さんの言うこととはいえ、
何も考えずに了解したことは、あまりにも軽率な行為だったと反省しています。

「視力がよくなる薬が一体何なのか?」
「どういった副作用があるか?」 

などきちんと知っていれば、

「目にさすのか」それとも「目にささないのか」、またその他の選択もできたと思います。

『世の中知らないことが良いこともありますが、
きちんと知っておくべきことは知っておいて損はないようです。』

知ることで自分の選択肢が広がりますし、自分にとって良い選択をすることが自分の力でできるからです。
でも本当に知らないって怖いですね。

では、話を戻します。

目の他には、この頃、皮膚にもアトピーの症状がでてきました。
腕と脚の関節がカサカサした状態になっていました。
でも常にカサカサした状態が続いていたのではなく、
特に季節の変わり目にそういった症状が出ていました。
軟膏もその症状が出た時だけ塗っていました。

だからこの頃、見た目には私がアトピーを持っている、と誰もわからなかったと思います。

ただ小学校高学年頃にると、顔を洗った後、顔が突っ張る感じがしていました。
何だか顔が動かしくいという感じです。

この頃から少しずつ、皮膚の異変を感じるようになっていきます。


アトピー以外のことで何か変わったことといえば、『排泄能力』がかなり低かったです。
つまり、便や尿、汗といった体の中に溜まった悪いものを出す力がとても弱かったです。

便に関していえば、1週間に1度出るか出ないかという感じでした。
だから検便の時は便がなかなか出ないで苦労しました。
一人だけいつまでたっても検便を提出しないので、先生に怒られたことがあるくらいです。
だから検便がある時は憂鬱で仕方ありませんでした。

また、汗もあまりかかない子でした。
夏の暑い日、弟は汗をだらだら流しながら帰ってくるのに、
私は汗が出ないので、どこか涼しげな感じでした。
たぶん体がとても冷えていたのだと思います。
こんな感じだったので、逆に冬は寒くて寒くてたまりませんでした。


このように、
小学生の頃の私は、幼少の頃と比べると、体力は少しついたものの
『虚弱体質』であることには変わりなかったようです。
しかも、体に溜まった悪いものを出す力も弱かったといえるでしょう。

そして、アトピーの症状もも徐々に出てくるようになっていました。

アトピーが噴出したのは中学2年生の終わり頃です。
それまでに何があったのでしょうか?
それまでには、もう少し話をしないといけません。

どうぞお付き合いくださいませ。

*ランキングに参加しています。
ブログ更新の励みになるので、どうぞポチッとクリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ アトピー性皮膚炎へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

スポンサーサイト

テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

『では、私は一体何が原因でアトピーが噴出してしまったのでしょうか?』
生まれた頃から順を追って、原因を探っていきたいと思います。

母の話によると、私は未熟児で生まれてきたそうです。
体重は2540kgで、保育器に数日入っていたようです。
他の子よりも少し長く保育器に入れられていたそうなので、
この世に誕生したての頃は、平均よりも小さく産まれ、
他の子と比べると体が少し弱かったという感じでしょうか。

また、この頃の私の様子ですが、お乳をあまり飲まない子供だったようです。
少しお乳をあげただけで、顔をぷいっと別の方向にむけ、
「もういらない」という感じだったようです。

このことをお医者さんに相談すると、1度「食欲が出る薬」というのを処方されたそうです。
この薬を飲ませたら、いつもはほとんど飲まないお乳を
たくさん飲み始めたので本当に驚いたそうです。

「体が弱い上に、小食」ということは、
私はかなり虚弱体質の子供だったんじゃないかと思います。

そんな虚弱体質の子供だったので、小さい頃からたくさんの病気にかかっていたようです。
だから、その頃からよく病院に行っていたと母が言っていました。

私にはその頃の記憶はほとんどありません。
ただ幼稚園頃の記憶には、近所の病院の馴染みの客として
看護婦さんと親しくしていた記憶があるので、
何かあればすぐに病院に行っていたのだと思います。

母も幼稚園に連れて行った記憶よりも、病院に連れて行った記憶の方が強いそうです。

そういったことから考えても、
もうこの頃は、体に不調を感じればすぐに病院に行くことが当たり前になっていたようです。
病院が病気を治してくれる所だと母も私も思い込んでいました。

そして、病院に行けば、当然、薬をもらいます。
病気の原因である菌を殺すための「抗生物質」や咳を止めるための「咳止め薬」、
お腹が痛い時には「点滴」までしていました。

このように、私は幼少の頃から、いろいろな薬を飲んでいました。
他に何をしたかというと、国の規定に従って「予防接種」をしていたくらいです。

幼少の頃の私は、他の元気な子と比べると、少し体は弱かったのかもしれません。

でも“心情病”といったような大きな病を抱えているわけでもなく、
私みたいに体が少し弱い子というのは、どこにでもいるのではないでしょうか。

このブログを読んでくださってる方の中にも同じような方がいるのではないかと思いますし、
同じような幼少時代を過ごされた方もいるでしょう。

『では、一体何がアトピーが噴出した原因となっているのでしょうか?』

そのことに関しては、小学生と中学生時代の記事を書き上げてからまとめて話すとして、
ここまで読んだだけでは、何ら原因はないように思いませんか?!

ただ元気な子よりも少し体が弱かっただけです。
ただそれだけです。

*ランキングに参加しています。
ブログ更新の励みになるので、どうぞポチッとクリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ アトピー性皮膚炎へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

脱ステロイドに関する記事を書く前に、
もともと私が持っていたアトピーがどのようものだったか書いておこうと思います。

母の話によると、幼稚園のころから私はアトピーを持っていたようです。
でも酷いものではなく、ごく軽いアトピーだったようです。
季節の変わり目に腕がカサカサになったりする程度だったようです。

私の記憶にも、脱ステロイドを始める前に、
自分が酷いアトピーだったという感覚は全くありませんでした。

薬を塗るといっても、腕がカサカサしてる時に、
少し薬を塗っていた程度の記憶しかありません。

ただそれだけに、アトピーが噴き出した時は
「どうしてこんな酷い状態になってしまったのか」全く理解ができませんでした。

「何もしていないのに、どうして。。。」と、そんな思いばかりが渦巻いていました。

しかし、15年を経て、今ようやくわかってきたことは、
「原因がないのに、病気は発症しない」ということです。

つまり、『病気になる原因が私のそれまでの生活に確かにあった』ということです。

「“アトピー”に一番、関わりのある“薬”は何ですか?」
と聞かれた場合、みなさんだったら何を思い浮かべますか?

たぶん多くの方が、まず思い浮かべるのは「ステロイド剤」ではないでしょうか。

私も一番に思い浮かべるのは、「ステロイド剤」です。

だから、先程言ったように、
アトピーが噴出した時に「あまりステロイド剤を使ってないのに、、、」と思っていました。

『では、ステロイド剤をあまり使った覚えのない私が
どうしてアトピーが噴出してしまったのでしょうか?!』

そこには、ちゃんとした“原因”がありました。

母親に小さい時から話をよくよく聞いてみると、いろいろなことが分かってきました。

もしかしたら、みなさんも同じようなことをしているかもしれません。
それでは、次の記事で何が原因だったのか書いていこうと思います。

*ランキングに参加しています。
ブログ更新の励みになるので、どうぞポチッとクリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ アトピー性皮膚炎へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

はじめまして。藤桜の姫といいます。
タイトルにも書いてある通り、『私はアトピー』です。

もう15年以上もの長い間、アトピーに苦しんできました。
実年齢はブログなのでふせますが、人生の半分以上、アトピーで悩まされてきました。
それは今も継続中です。

ただ、現在はある方に出会い、アトピーの症状も快方に向かっています。
アトピーが噴出した当初は、皮膚科と言われる病院は全て回りました。
しかし、どこの病院に行ってもステロイド剤を処方されるばかりで、
アトピーの症状は治まるどころか、一向に治りませんでした。

しかも、自分の手に負えない患者だと思うと、
病院は「紹介状を書きます」とだけ言って、
症状が悪化してしまった患者に手紙を一通、手渡すのです。

私は、その手紙を何度も受け取りました。
最初のうちは、「きっと次の病院でよくなることができる!」という期待で一杯でしたが、
何度もその手紙をいろんな病院でもらううちに、
「たらい回し」されていることに嫌でも気づかされました。

そんな状況だったので、病院に対する不満は積もるばかりでした。

でも何よりも心配だったことは、
「もしかして、一生このままなんじゃないか」ということでした。

今まで何ともなかった皮膚が、
赤く腫れたり、
黒く変色したり、
象の皮膚のように硬くなったり、
深いしわができたり、
そのしわが何かの衝撃で切れると、
そこから出血したり、
たまらなく臭くて、ねちょっとした黄色い膿が出てきたり、と

とにかく皮膚はボロボロの状態でした。

そんな状態だったので、体はとても動かしにくかったです。

しかも、頭は毎日ぼーっとしたような状態が続き、
体がだるくて、きつくて仕方ありませんでした。

この時は『生きている』という実感はなく、
『ただ毎日をやり過ごしている』という感じがとても強かったです。

「生きる屍」という言葉がピッタリ当てはまる状態でした。

でも一番ショックだったことは、
顔が別人のように変わってしまったことでした。

本当にショックでした。

まるでお岩さんのように赤く腫れあがった顔が、
自分の顔だという現実を受け入れることはできませんでした。

だから、極力、自分の顔が映る鏡やガラスなどを見ないようにしていました。
どうしても見ないといけない時は、
目を細めて、なるべく自分の顔を見ないですむようにしていました。

今まで経験したことのない状況に、
私の精神の糸は今にもはち切れるばかりの状態に達していました。


こんな私を救ってくれたのは『母親』でした。


この話は長くなるので後で書きますが、
二人で話し合った結果、薬(ステロイド剤)を使うことを止め、
自分が本来持っている免疫力で治していくことにしました。
いわゆる「自然治療力」というやつです。


ここから『私と母の長い長い脱ステロイドの道』が始まりました。


それから今まで、漢方薬や温泉治療、指圧や様々な民間療法を試してきました。
しかし残念ながら「体の底から快方に向かっている」と感じることは全くありませんでした。

もちろん、漢方薬や温泉治療などで一旦は症状は落ち着くのですが、
またアトピーの症状がぶり返していました。
『治っては、またぶり返す』、この繰り返しです。

一度、自然治療で治していくと固く決意したものの、
何度挫折しようと思ったかわかりません。

特に、アトピーの症状が「ぶり返し」た時は、
『せっかく、あそこまで良くなっていたのに、どうして!!』
という気持ちで一杯でした。

そして、いつも思っていました。
「私が一体何をしたの?」
「何も悪いことなんてしてないのに!」
「どうして私だけこんな目にあわないといけないの!!」
「死んだほうがまし!!!」って。
母親にも何度暴言を吐いたことか・・・

アトピーを治そうと頑張っても、
その努力が報われないことへの苛立ちと一向に改善しないことへの不満は
脱ステロイド中、ずっと続きました。

でも、そんな心の葛藤がある中で、
少しずつ「アトピー」や「人間の体」のことを本屋インターネットで調べていくうちに
「どうして今私がアトピーの症状が出ているのか?」ということが
なんとなく分かり始めてきました。

そんな矢先に、最初に書きましたが、ある方と出会いました。

そして、
今ようやくアトピーの症状のぶり返しも治まり始め、
本来の元気な体を取り戻そうとしています。

今まで感じることのできなかった「体の底から快方に向かっている」実感があります。
体に生命のエネルギーがみなぎっているような感じがあるのです。

ようやく、ようやく、ここまで辿り着くことができました。

あともう少しです。

今回、ブログを書こうと思ったのは、
ただ単純にアトピーを克服しましたという報告をしたかったからではありません。

現在、アトピーの治療には様々な方法が世の中にはあります。
西洋医学、漢方やアロマテラピー、指圧やお灸、断食などたくさん存在しています。
別にどの方法が悪くて、どの方法が良いということをここで議論しようとは思っていません。
どの方法を選んで治療していくかは、その人自身が選択すべきであるからです。
病気を治すのは、医者でも、家族でもありません。
病気を治すのは、その人自身でしかないからです。

私が『脱ステロイド』に関するブログを書こうと思ったのは、
とても辛いことでしたが、この15年に起こった出来事を忘れないためです。
そして、アトピーの現状、特に脱ステロイドすることがどういうことかを
みなさんに知ってもらいと思ったからです。

脱ステロイドをしている方には「同じ悩みを持っている人がいる」ということを。
アトピーを知らない方には「アトピーがどんなものか」ということを。
少しでも知って欲しいです。

15年間、本当にいろいろなことがありましたが、
今ようやく脱ステロイドをしてよかったと思える私がここにいます。
15年前はそう思える自分がいるとは思ってもみませんでしたが、
諦めないで今日まで来ることができたことを感謝しています。
特に、今まで私を支え続けてくれた家族には感謝してもしきれません。

それでは、15年の間に起きた出来事を書いていこうと思います。
よろしくお願いします。

*ランキングに参加しています。
ブログ更新の励みになるので、どうぞポチッとクリックよろしくお願いします。
にほんブログ村 病気ブログ アトピー性皮膚炎へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

テーマ : アトピー性皮膚炎 - ジャンル : 心と身体

 | BLOG TOP |